FRaU SDGs. 笑顔こそが世界を平和に。
講談社「FRaU SDGs」
WEB 「Do well by doing good」に、
MERRY PROJECTがこれまで歩んできた25年間の活動や、
笑顔とSDGsの取り組み、絵本「みんながヒーロー」について、
特集していただきました。
https://dowellbydoinggood.jp/contents/voice/241112/
笑顔こそが世界を平和に。
MERRY PROJECTが紡ぐ
笑顔とヒーローの物語。
SDGs17のゴール、169のターゲットの最終的な目標は、「だれひとり取り残さない幸せな世界を実現すること」。
それは確かにそうなんだけど、169もターゲットがあると、どれが自分にできることか? 何からはじめればいいのか? そこにたどり着くこと自体、容易ではないというのも事実です。
そんななか、「ゴールはみんなの笑顔。そこに向かうスタート地点もまた笑顔」とシンプルなキーワードを胸に、世界中を駆け回る日本人のアートディレクターがいます。水谷孝次さんと、彼が主宰するMERRY PROJECTのアクションを追ってみました。
<咲き乱れる傘に託す、笑顔と平和へのメッセージ>
2008年8月8日、北京国家体育場で開催された北京オリンピックの開会式。選手入場前に行われた1時間に及ぶアトラクションのフィナーレに、空を覆う笑顔の花火とともに会場に咲き乱れたのは、2008本の“世界中の子どもたちの笑顔”がプリントされた傘だった。大会スローガン『ひとつの世界、ひとつの夢』を未来の子どもたちの笑顔に託した演出だ。
北京オリンピックの開会式で咲き乱れた笑顔の傘と花火。さらにスクリーンにも世界中の子どもたちの笑顔が映し出された。
実はこの傘、北京オリンピックに芸術顧問として参画した日本のアートディレクター、水谷孝次氏が主宰する『MERRY PROJECT』のディレクションによるもの。
水谷孝次氏と言えば、全日空・ワコール・パルコ・サントリーなどの数々の広告やウィダーinゼリーのパッケージデザインなど、誰もが一度ならずその作品を目にしたことのある、日本を代表するアートディレクターのひとりだ。
「バブルのころはね、六本木のあらゆる広告スペースが自分の作品で埋め尽くされたり、ハリウッドで億単位の仕事を任されたこともありました。でもそういう仕事に没頭するなかでも心の奥に灯りつづけていた思いがあったんです。それが『笑顔の力』なんですね」
水谷さんはひょうひょうとした様子でそんな“きっかけ”を聞かせてくれた。
「実は、私の父は戦争で耳を失った障がい者だったんです。当時は障がいのある人への差別が普通にあった時代ですから、父と二人で町を歩いていると、嘲笑されたり冷ややかな目で見られたりして。自分たちは何も悪いことしてないのにって、子どもながらに、それがとても悔しかった。でもね、父も私もそんなときに、無理して笑うんです。そうすると周りの空気がガラッと変わる。周囲の人も笑顔になるし、さっきまで嘲笑してた人の笑い方も全然違う温かいものになって、その場がとても温和になる。びっくりしました、笑顔にはすごい力があるんだなって。それが3歳のとき。以来ずっと、笑顔の力で世の中が明るくなることを世の中に伝えていきたいと思っていたんです。だけど、若いころは自己表現への思いとお金の引力(笑)が強くてなかなかやりたくても踏み出せなかった。LOVE AND MONEYっていう言葉があるけど、そのころはMONEYが勝っていたんでしょうね」
MERRY PROJECTを主宰する水谷孝次さん。1999年から、これまで25年に亘り世界40カ国で5万人以上の子どもの笑顔を撮影してきた。本人のお顔からも笑顔が絶えない
東京ADC賞、JAGDA新人賞、N.Y.ADC金賞・銀賞、ワルシャワ国際ポスタービエンナーレ金賞・銅賞・特別賞など、世界中で評価を受けるなか、一日のうちのほとんどを仕事に費やす日々が過ぎていった。
「でも阪神淡路大震災で被災した人々などを支援するうちに、やっぱり(笑顔のプロジェクトを)やらなきゃって思ったんです。これまで稼いだお金をぜんぶつぎ込むことになるかもしれないけど、これからは笑顔の社会をデザインしようって。震災や戦争など苦しんでいる人は世界にいっぱいいるけど、笑顔はひとを強くしてくれるし、きっと幸せを運んでくれる。世界平和だって不可能じゃない。それが自分の原点だし、ここからはLOVEの時間だって」 阪神エリアをはじめ日本各地、さらに世界中の子どもたちの笑顔を撮影してまわり、それをデザインとして表現することをライフワークに決めた。
<あなたにとって「MERRY」とはなんですか?>
1999年には「MERRY PROJECT」をスタートし、2005年の愛知万博「愛・地球広場」では、世界3万人以上の子どもの笑顔を展示するMERRY EXPOを開催した。さらに2008年には北京五輪でもモチーフになった“傘”をキャンバスとして咲かせる「MERRY UMBRELLA PROJECT」を始動させた。以来、日本各地はもとより、海外へもインドネシア、イギリス、ブラジル、タイ、ベトナム…etcを舞台に「子ども達の笑顔は未来への希望」という笑顔の傘を咲かせ続けている。
今年はじめ、ネパールで開催された「MOMOタロー MERRY in NEPAL 」では、
ネパール初となるキャラクター「MOMOタロー」をデザインし、絵本や歌・ダンスを通じて笑顔を育む教育支援を実施。さらに、みんなで笑顔の傘をさして町中を練り歩いた。
現在も引き続きネパールで孤児院・福祉施設・学校への教育支援活動を続けている
そのキーワードはMERRY。「あなたにとってMERRY(楽しい)とはなんですか?」水谷氏が撮影のときに子どもたちに聞く言葉である。
「楽しいことや思い出をたくさん想像して、心の底から笑顔になってくれると、必ずまわりの人にもその気持ちが伝わって、周囲にいる大人も子どもも笑顔になれるんです。だから子どもたち一人ひとりのMERRYと笑顔を受け取って、それをデザインしていきたいですね」
そんなMERRY PROJECTが都内で「笑顔を量産」するイベントがあると聞いてお邪魔した。
元麻布のビルの屋上で展開するミニ農園「MERRY SDGs ART GARDEN」での“収穫のお祭り”である。年に数回実施している農業体験会の、今回は春に植えた稲と秋野菜を収穫するビッグイベント。ようやく暑さが和らいだ秋の空のもと、都内、近郊から応募してくれたたくさんの親子が参加して行われた。おっ、開始前なのに広い空の下、もう子どもたちは満面の笑顔。
この日は稲刈りのほかにも、ゴーヤ、オクラ、ピーマン、ジャガイモ、枝豆など様々な野菜を収穫した。はじめは緊張していた子も、イベントが進むにつれて元気いっぱいに。そして、あれ? SDGsのロゴによく似たアイコンに18の数字が書かれたボードを手にする子どもが。「SDGs のファーストアクションは笑顔。だからMERRY PROJECTでは、SDGs の18 番目のゴールとして、『笑顔をすべての人の未来に。』を目標に活動をしています」と水谷さん。
「アメリカのチャリティイベントに参加したときにもらった、スイセンの球根がきっかけなんです。コップのなかのスイセンが水と太陽ですくすくと育って見事な花を咲かせたとき、素直に感動できた。この感動をなんとかして日本の都会の子どもたちに伝えたい。どうしたらって考えた末に生まれたのが、このMERRY FARMING。完全無農薬で苗や野菜の種を植え、育て、収穫して、その場で料理したものを食べる。都会でも自然と一体になれるということを実体験で味わってもらうのが目的です。それを季節ごとにイベント形式で実施していますが、参加してくれる親子の楽しそうな笑顔は毎回極上です。MERRY FARMINGは土から笑顔を生んで平和な心を育てる、『農とデザイン』の実践の場なんです」
収穫のあとは全員で六本木周辺に繰り出して、街のクリーンアップ。
「ゴミを拾う行為ももちろん大切なんですが、『ごみの無い空間をデザインする』ことも念頭に置いています。子どもたちがごみを拾う様子、そして生まれ変わった街の空気を街の人々に感じてもらえたらそのデザインが完成です」
でも、そんな大人の思惑もなんのその。ごみ拾いも子どもたちにとっては最高のアトラクションだ。笑顔のボルテージがぐんぐん上がっていくのが、近くにいるだけで感じられる。付き添いのご両親は若干お疲れモードに入った様子もあるものの、子どもたちの笑顔に引っ張られてやはり楽しそう。なるほど、これも笑顔のパワーか。
イベントのたびにごみ拾いをしてきれいにしても、次のイベントまでにはもうたくさんの不法投棄されたごみが。でもそれを嘆く前に、アトラクションとしてごみ拾いを楽しんでしまえ!
ごみ拾いのあとは、お待ちかねのカレータイム。先ほど収穫したばかりの秋野菜たっぷりのカレーをみんなで楽しむ。
さらにカレーのあとは読み聞かせ。SDGsを一人ひとりが実践することの大切さをゆっくりわかりやすく、楽しく説明してくれた。そしてそのあとは大撮影会。
稲と野菜を収穫し、ごみを拾い、獲り立て野菜のカレーを食べて、SDGsのことを知って、写真もたくさん撮って。もうおなか一杯のイベント。そして水谷氏は、機を逃さずしっかり大豊作の笑顔も収穫できたようだ。
カレーを楽しんだあとの記念撮影では、みんながマント&魔法のカギを持ってヒーローに。
MERRY PROJECTの収穫祭、次回は12月21日に開催予定。
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<まほうのカギで、みんながヒーロー>
そして、水谷氏率いるMERRY PROJECT、現在はさらに子どもたちの笑顔を引き出す企画に挑戦している。それが、「みんながヒーロー」だ。「大人の世界ではSDGsの認知度が上がってきているけれども、実際に個人個人がちゃんとアクションできているかというと、なかなかそうはいかない。実はSDGsとの出会い方がとても大切なんです。できることならば、いろいろなしがらみがない幼少の時期に、純粋な感動とともに「一人ひとりが行動すること」=「楽しいこと」と伝えていきたい。さらにそうして行動することで、一人ひとりが未来を救うヒーローになれるということも」
「みんながヒーロー/ SDGsとまほうのカギ」1500円(本体・中央公論新社刊)は絵本に付録として「まほうのカギ」がつく。紙のギミックではあるが、子どもは『ガチャガチャ、ガッチャン』が大好き。
実は屋上でのイベントで読み聞かせしていたのが、その「みんながヒーロー SDGsとまほうのカギ」。MERRY PROJECTが著者となって出版された本だ。大人社会でいう、『社会課題』を、苦しむ動物や困難に直面する人々の苦労の形でわかりやすく表現し、それらを主人公が“まほうのカギ”で解決していくストーリー。
読み聞かせをする金田さんと、オーディエンスのはずなのにすっかり主人公になっちゃった子どもたち
読み聞かせを担当していたのは、キャラクターデザインも担当した金田あさみさん。
「主人公がまほうのカギを使うときの合い言葉が『ガチャガチャ、ガッチャン』。みんなで合い言葉を言うんですけど、はじめは恥ずかしげにしていた子どもたちも、だんだん声のパワーが上がってきて、最後はまるで大合唱になるんです。そうなると、もうみんなが主人公でヒーロー(笑)!」
傍から見ていても、子どもたちの表情のなかに勇気と自信のようなものが漲ってくるのが感じられる。
最後の撮影会では、一人ひとりが絵本のなかの主人公と同じマントを着けてポーズをとる。彼らの全身、アップと、ひとり当たり50枚ほどだろうか、シャッターを押して笑顔を余すことなく収穫した水谷さん。「『三つ子の魂百まで』っていうじゃないですか。今日、彼らの魂のなかに、小さなヒーローが芽生えたと思うんです。たぶんこの灯は大人になっても消えることはないし、これからは彼らが体験する人生のなかで、それぞれが自分のヒーローをデザインしていくんでしょうね」
参加した子どもたち全員には、「SDGsヒーロー認定証」の授与とオリジナルキーホルダーをプレゼント
最後に、水谷さんに、MERRY PROJECTを通じて気づいたことについて伺ってみた。
「あるときね、アフリカ・ケニアの首都ナイロビでいつものように女の子の写真を撮りながら『あなたにとってMERRYとは?』って聞いてみたんです。そしたら、彼女、私を指さして『YOU』っていうんですね。あれ? 質問が通じていないのかなって思って、『どうして』って聞いたら、『私は今まで笑ったことがない。MERRYなんて考えたこともない。今日、あなたのおかげで初めて笑ったの。だから私にとってのMERRYはあなたよ』って。こんなことは、それまで一度も言われたことがありません。
そのときにふと気づいたんです。笑顔で救われるのは、周囲だけじゃない、彼女自身も笑顔をつくることで、今日を幸せに生きることができた。そして隣人も、私も。
あー、そうだったんだ。人を幸せにすること、人を楽しませることこそが究極のデザインなんだ。私は自分の仕事で求めていた答えに、ようやくたどりついた気がしました。
地球上の人々はみんなそれぞれ違った境遇のなかで暮らしているわけですけど、『幸せ』をあらわすたったひとつの世界共通語、それが笑顔なんです。ここ、東京で開催するMERRY FARMINGは、15年前に港区の港区文化芸術活動として採択されたプログラムで、港区NPO活動助成事業/2025 大阪・関西万博「TEAM EXPO 2025」プログラム・共創チャレンジとして実施しています。そのなかで私が意識していることは、“体験格差”をつくらないこと。暮らしに余裕がある人もそうでない人も、家族で体験しに来てほしい。そうすると、“笑顔のある場面”には境遇の違いなんて関係ないことにみんな気づけるんです。今日、ヒーロー、ヒロインになった子どもたちの感受性は昨日より豊かになっていると思いますし、笑顔の力はきっと明日からも周囲に伝播していきます。そんなMERRYのリレーがやがて日本中、いつかは世界中を覆いつくしてくれたら、いいですね」
たぶん3歳のときからずっと変わってない笑顔で、水谷さんは楽しそうに話してくれた。
text FRaU編集部
photo Jun Yokoe