MERRY in KOBE 明日へ。神戸1.17。<前編>

1995年1月17日。阪神・淡路大震災が発生した。

何か僕にできることはないだろうか。
僕は、震災の教訓を忘れないために、神戸の惨状を撮った写真をポスターにした。
(写真・横木安良夫さん)

東京都内の電鉄会社と交渉して、ポスターを駅の構内に貼ってもらった。
さらに、Tシャツを販売し、収益金はすべて神戸復興のために寄付した。

そのポスターは、全国カタログ•ポスター展で準グランプリとなった。
このときのグランプリは田中一光先生の作品だった。
受賞決定後、田中先生はスピーチでこう言われた。

「これからは、水谷君のように社会的なことに目を向けて、
社会の幸せのためにクリエイティブしなくてはいけない。
このポスターこそ、これからの時代に求められるデザインだ。」

田中先生の言葉を聞いて僕は確信した。

また翌年、「写楽200年」のためのポスターが
ワルシャワポスタービエンナーレの文化部門で金賞を受賞した。
日本人の僕が文化部門で受賞し、広告部門ではロシアのデザイナーが金賞だった。
ベルリンの壁崩壊、ソ連崩壊、バブル崩壊…。
思想•文化は東側、広告は西側、というかつての図式も変わり始めていることを僕はひしひしと感じていた。

日本のグラフィックデザインは、今まさに転機を迎えている。
僕が商業主義のデザインに違和感を感じるのは、自然な流れなんだ。
これからは、社会的・文化的なことに目を向けて仕事をしていこう。

神戸は僕にとって、特別な場所だ。社会的なデザインをしようと考え、
あの震災のポスターをつくった神戸に「MERRY」が呼ばれたことに、運命を感じた。

「デザインが奇跡を起こす」水谷孝次 著(PHP研究所)より
https://www.php.co.jp/books/detail.php…

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News23 多事争論の中で筑紫哲也さんが、
MERRY IN KOBE について語って下さった映像です。

「News23 多事争論 – スマイル」 筑紫哲也/ニュースキャスター

ワールドカップに併せていろんな催しが
各地で行われたわけですけれども、
神戸ではやって来人たちに対して
街中に笑顔のポスターが張り巡らされました。

一人の写真家が300人近くのいろんな表情をとらえて、
それがポスターになって街中に貼られたわけですが、
神戸はご存知のように、いま震災の痛手、
その後でこんなに元気だということを示すのと、
震災のときにいろんな人たちが助けてくれた、
その人に対する感謝の気持ち、そんなものが込められて、
あの催しだったようであります。

 

この子供たちの中には、
下に自分の気持ちを表現した言葉がついておりまして、
ある子は「パパが大好きだ」と言い、
ある子は「戦争のない世界でいろんな人とサッカーをやりたい」と、
思い思いの言葉も下につけられております。

宴が終わるということになりますと、
これから厳しい現実が待っているということになります。

ワールドカップの間が単にお祭り騒ぎで終わるのか、
ここでもらった元気というものを将来に、
これから厳しいことがあるわけですが、
しかし笑顔を忘れないで立ち向かえるか、
そのことをこの笑顔というものは教えているような気がします。

出来るだけ「スマイル」「笑い」を忘れたくないものです。

[ちくし・てつや / ニュースキャスター]

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平野 到 / 埼玉県立近代美術館学芸員美術館学芸員の平野 到さんより、
MERRYPROJECTに寄稿していただいたメッセージです。

「日本社会へのデザイン」 平野 到 / 埼玉県立近代美術館学芸員

失ったものを容易には埋め合わせることのできない出来事がある。
阪神・淡路大震災はそういった社会的出来事の一つに違いない。
人命や物質的なものだけでなく、精神的なものも含め、多くが一瞬のうちに崩れ失われていった惨事であった。
この悲しい出来事を未来に向けて、どのように埋め合わせていくかを考えていくことは、
たとえ直接震災を経験していなくても、倫理的に生きようとする者にとって、無視できない課題であろう。
グラフィック・デザイナーの水谷孝次も、そういった問題を敏感に感じとってきた一人である。

その水谷孝次の具体的な行動とは、震災復興のために神戸で展開してきた「メリー・プロジェクト」である。
プロジェクトは極めて明快だ。神戸市や阪神地区の市民の笑顔を撮影し、
その本人の夢や希望についての直筆のメッセージとともに、ポスターを制作するというものである。
美形のモデルや有名人でなく、普通の人々の日常の笑顔、そして思い思いの手書きのメッセージ。
それらは、恣意的に作られる商業的なポスターには決してない、伸びやかで自然な開放感に満ちている。

確かにアーティストが過去の出来事に対し、
記念碑や慰霊碑として彫刻や建造物をつくることは、決して珍しくない。
そしてそれらには、過去の悲しみを風化させることなく記憶に残していくという意味が、込められる。
しかし水谷孝次のメリー・プロジェクトは、
そういったモニュメントを建てるような内容とは、対極的な方向性をもっている。

まずメリー・プロジェクトは、物質的なものに頼る内容ではない。
巨大なモニュメントを建てるわけではなく、
あくまでもポスター1枚を通して、視覚的に訴えかけていくのである。
またメリー・プロジェクトは、デザイナーやアーティストが
自らの表現を一方的に作りあげ、示すものでもない。
このプロジェクトは、様々な人々が笑顔とメッセージを通して
能動的に参加することによって、初めて成立する。

そして参加する人々がプロジェクトの意義やコンセプトを共有していくことにより、
プロジェクトは裾野を拡げていくのである。
従ってメリー・プロジェクトとは、モニュメントが持つような求心力を目指すのではなく、
あくまでも人々の内面に共有できる精神的な繋がりを
遠心的に拡げていくことに主眼を置いているといえるであろう。
すなわち、それは物質的な復興ではなく、あくまで個人の内面的な再生を念頭に置いたものであり、
ハードではなくソフトの部分の活性を重視しているのである。

更にメリー・プロジェクトの特徴として指摘できるのは、
このプロジェクトが悲しい過去を乗り越えるために、
敢えて未来に向け前向きな展望を強く打ち出していることだ。
過去の惨事は確かに忘れがたいものであるかもしれないが、
それを乗り越えていかなくてはならない現実が今ここにある。
そういった観点からメリー・プロジェクトでは、
何よりも現実を強く生きていくためのビジョンを獲得していくことが企てられているのである。

この現実を強く生きるというビジョンは、震災を経験した神戸だけでなく、
現代の日本社会全体に必要とされているものであろう。
多くの日本人は現在の状況に不満を抱き、前向きな姿勢を維持できないところに追いつめられているからだ。
他人の不正を告発する快楽に溺れるマスメディアや、
自己の不快を安易な衝動性で解決しようと図る不穏な事件の数々は、この点を象徴している。
もともとこういった現代の病んだ日本社会について危機意識をもっている水谷孝次は、
その不安な状況に対し、ポジティブな精神を回復させ、
それを広く人々に共有させていくことの重要性を認識している。
それゆえ神戸のメリー・プロジェクトとは、震災後の回復という枠組みを越えて、
日本社会全体における精神の再生の問題に通底する意味合いを持っているのである。
元来グラフィック・デザインを専門とする水谷孝次にとって、メリー・プロジェクトとは
日本の社会に対してポジティブな精神の回復を訴える”最強のデザイン”なのである。

[ひらの・いたる / 埼玉県立近代美術館学芸員]

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