聖火を機に学ぶオリンピックの原点 混乱続く大会で「救い」になるか

聖火ランナーに選ばれ、「トーチキス」セレモニーで使ったトーチを手に笑顔をみせるアートディレクター水谷孝次氏

新型コロナウイルスの感染が東京都で「第5波」の拡大をみせ、東京オリンピック(五輪)・パラリンピックの制度設計もなかなか定まらない。それでも、東京大会の開会日、7月23日は近づいている。自国開催でなくてもオリンピック開会直前は盛り上がりの空気感があるが、今回はまだほとんど感じられない。

開催地東京での聖火リレーも一部の島しょ部以外、感染予防のために公道を走ることができず、トーチキスのセレモニーだけが続いた。聖火ランナーに選ばれた人たちは、やはりがっかりしている人も多いのではないか。

そんな思いで、1人の聖火ランナーを訪ねた。2008年北京五輪の開会式で登場した「笑顔の傘」の演出に携わった、アートディレクター水谷孝次さん(70)。青梅市を走る予定だったが、11日に瑞穂町でトーチキスに臨んだ。

「公道を走れなかったこと自体はもちろん残念ですが、あまり気にしていません」とサバサバした様子だった。「この聖火リレー1日のイベントだけの話ではなく、オリンピアード(大会と大会の間4年間)として大切なのは、平和を継続させてつなげていくこと。リレーを走る、走らないという小さなことで一喜一憂することではないと考えているからです」。

6年前の取材で、東京大会への期待を聞いた際「未来の世界はこうあるべきという価値観を提言する場にしてほしい。エコ、サスティナブル(持続可能性)、メリー(笑顔)が鍵を握ると思う」と話していた。新型コロナの感染拡大で当初の予定も大会のモデルも様変わりしたが、水谷さんの思いは変わっていなかった。「東京が世界に新しい概念を発信するチャンス。未来の生き方、地球のあり方まで発信できたらどんなに素晴らしい大会になるでしょう」。

トーチキス当日の東京は大嵐。現下のコロナ禍と重ね合わせたそうだ。ただ強雨がやむのを待ち続け、雨が上がると、虹まで出てきたという。「嵐の時でも頑張り続け、次の4年にきちんとつなげていけるものを持てれば成功だと思う」。

「ペスト菌流行の後に生まれたのが、ダビンチやミケランジェロなどのルネサンス。スペインかぜの後には、ドイツでバウハウスが生まれた。コロナ禍で行われる五輪の後に生まれる概念こそ、東京2020のレガシー(遺産)として残さないといけない。思いやり、優しさといった未来への考え方、生き方を残していかないといけない」。

五輪のあり方について「本来は平和の祭典ですが、今はイベントの部分ばかりに光が当たる。本来の五輪とは何かという部分が消えうせている」と危機感もある。そんな中で、「原点」になり得る側面を、聖火に見いだしていた。

東京大会で聖火ランナーを務めた人によるネットワークが広がり、各地で聖火を見ることができなかった人や子どもたちのために、聖火の意味を伝えるための草の根活動が全国で始まっているそうだ。大会組織委員会も、コミュニケーションツールとしての使用を歓迎。フェイスブックのグループに登録したランナーたちは1000人を超えた。

トーチは重さ1キロ。持たせてもらうと、やっぱり、ずっしりとした重みを感じた。「聖火をきっかけに五輪の原点を知り、本来は平和の祭典であることを学ぶ。オリンピックでずっとつながり続けてきた概念はもう聖火くらいしか残っていないのかもしれません」。

水谷さんが代表を務めるNPO法人「MERRY PROJECT」はオリンピック期間中の8月1日、東京都港区の有栖川公園で開く事前予約制のイベントでトーチにふれあえる機会をつくるほか、パラリンピック期間の8月24日~9月5日にオンライン配信する渋谷区文化プログラムイベントでも、オープニングでトーチを使った特別な演出を予定している。

混乱のまま開会日を迎えようとしている東京大会。混乱以外の記憶が、聖火をきっかけに人々の心に残るとすれば、少しでも救いになるのかもしれない。(中山知子)

7月11日、東京都瑞穂町で行われた聖火リレーの「トーチキス」セレモニーに参加したアートディレクター水谷孝次氏(右)(水谷事務所提供)

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