MERRY MEMBER


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Toh

年齢不明、謎の日本画家。Merryの大ファン。
先日も横山大観と共に展覧会を開催。
それはそれはとてもとても遠く離れた国 Last Updated 2005.05.05

それはそれはとてもとても遠く離れた国のとてもとても美しく静かな城下町の一軒家にお下げ髪の似合うリルラという名前の小さな女の子が住んでいました

リルラは近頃ずーっと台所で時間を過ごしています
ドタバタと音をたて ときにドスンと床が浮いたり ガチャン!と何かが割れる音であったり でもリルラはひたすら一生懸命に何かを作っている様子
お母さんは聞きます
「リルラ、あなたいったいなにを作ってるの?」
でもリルラは聞きません
ただ黙々と力仕事の粘土細工をしているかのように口を力強くまっすぐに閉じて見向きもしません
お父さんが聞きます
「リルラ、きみはいったいなにを作ってるんだい?」
それでもリルラはひたすらなにかをこねまわしたりするだけでなにも答えません
お父さんとお母さんは心配して
「リ・ル・ラ?」
と声をそろえて小声でささやこうとすると
「だいじょーぶっ!!!」
そうリルラは発するだけでまた黙々と作業を続けるのでした

最近疲れていてもリルラは眠れません
夜になってベットにもぐりこんでも
目をぐっとつぶっても
羊を何頭と数えてみても
眠れないのです
また胸がなんだかむしょうに鳴ります
ドキドキとする音が耳に聴こえてくるのです
散歩をしていても
近所のピエールおばさんが挨拶をしてきても
なぜだかぼーっとして目に入らないのでした
リルラは自分に問いかけます
「リルラ、どうしちゃったの?」
「あなた何か悪いものでも食べちゃったのかしら?」
「これって病気?」
「あなたいったいどうしたの?」
「わたしいったいどうしちゃったんだろう?」
そんな毎日をリルラは過ごすのでした

太陽が出ているときでもぽかんとしていたり
月と星の時間にぐっすり眠れなくても
リルラはちゃんと自分がなにを作りたいのかだけは知っていました

そう
それは
ケーキです

そのケーキをどうするのかも
リルラはちゃんとわかっているのでした

でもこのごろのおかしな自分の調子の原因だけはまだわかりません

今日も台所に入って
また
ゴンゴンッ
バンバンッ
と音を立てながら作っています

お父さんとお母さんは今日も一日心配で
やわらかい日差しの差す部屋から台所を心配そうに覗いています
プピ、パパン、クレットの3匹の犬も
行儀よく並んでお父さんとお母さんと同じように
台所のリルラを心配そうに眺めるのでした

すると
象を飼っているかのようにうるさかった台所が
急にぴたっと静かになりました

みんなして顔を見合い
なにが起こったのか
これからなにが起こるのか
それぞれの頭の中には
いろんな形の?マークが浮かびます

まだ
台所は
静かです

みんなして台所をじっと眺め
息をのんだそのとき
リルラが思いもよらない速さのスピードでもって
台所から走り抜け
玄関のドアを
バタン!と閉めて出て行きました

お父さんもお母さんも
プピ、パパン、クレットの3匹の犬も
なにがなんだかわかりません

ですが
台所に入ったお父さんとお母さんは
ふたりすこし照れくさそうに向き合って
なにかを悟ったかのように
にこっと微笑みあうのでした

リルラは石畳の坂道をくだり
街の時計台を近くに眺めながら
まるで機関車のごとく走ります
ピエールおばさんが
「リルラちゃん、そんなにいそいでどこいくのー?」
と聞いても
「またあーとーでー!」
とリルラは風のように駆けていきます

春の光が流れ
夏の到来をわずかに感じさせ
風は十分に心地よく
街のみんながニコニコとしています

すこし街から離れた場所に
きれいな小川が流れていて
そのおもちゃのような小橋を渡ると
小川のそばに水車のついたお家がありました
リルラはそのお家の玄関先に立つと
スーっと一度大きく息を吸い
玄関のドアを
コンコンっと叩きました
すこしの間があって
ドアの向こうから太い声がします
リルラの胸のあたりからさきほどのドキンドキンといった音がどんどんと大きくなります
「どなたあ?」
と言った声と同時にドアがゆっくりと開き
巨人かと思わせるほどの大男の影が小さなリルラを包みました
「あ!おじさま!」
「あー、リルラちゃんか」
リルラは自分の顔が赤くなっているのを知って
深くやわらかい笑顔をつくる大男になんと言っていいかわかりません
「えーっと、えーっと」
大男はまたいっそう深い笑みをつくり
「クエルかい?」
リルラはぱっと電気が走ったかのように背筋をピンっと伸ばし
「はい!」
と答えました
大男はその巨体をぐんと沈め小さなリルラの耳元にまるで小さな約束をするかのように
「クエルはあのクルの実の丘だよ」
とやさしくささやきました
「おじさま、ありがとう!」
リルラが力任せにすばやく頭をさげると
大男はチンっと流れ星のような軽いウインクをしました

リルラはまた砂煙を立てるかのごとく走ります
ここからでも街の時計台が充分に目に入ります
さっと振り返り遠くで大男がこちらにゆっくり手を振っているのをチラっと見つけ
リルラは笑顔をたくさん咲かせて両手いっぱいに手を振るのでした

木々の緑はすばらしいほど明るく
短い野の花や草がサーっとゆれています
雨を知らないもくもくと太ったかわいい雲が
キャンディーになったり
クマになったり
ケーキになったりと空をすいすいと泳いでいます

クルの実の丘のてっぺんに立ったリルラは
手をかざして360度ぐるりとあたりを見回しました
リルラはなにかを見つけたしぐさでピョンと小さくとび跳ねると
この丘に一本だけあるクルの実の木の下に駆けていきました

「あ、リルラ」
「ごきげんよう、クエル」
「ごきげんよう、リルラ」
リルラは先ほどの大変邪魔だった胸の音をどこかに置き忘れてきたかのように静かに滑らかに話しました
「リルラ、今日はとても美しい一日だね
 ほら、街の時計台がここからも見えるよ
 ぼくたちのまわりのすべてが
 みんなうれしそうにしてるのを感じるんだ」
「そうね」
リルラは満面の笑みでそう答えるのでした
「クエル?
 あのね
 これ
 作ったの」
リルラはちょっぴり恥ずかしそうに両手でそっとそれをクエルの前に差し出しました
「なに?」
「うん
 わたし
 はじめて作ったの」
クエルはなんのためらいもなくすんなり受け取ると
ありがと、ときれいに笑って言いました
「開けてみて」
リルラはまっすぐにクエルを見つめながら言うと
うん、と言って微笑みながらクエルはその包みをそーっと開け
それを見るといつものグリーンの瞳をさらにいっそう透き通らせた感じに目を輝かせ
「リルラ!ケーキだよ!」
と言って
「食べていい?」
とまっすぐに聴きました
そんなクエルを見てリルラは肩をすこし上げ
「もちろん、食べてっ」
と花のように答えました

時計台の針はいつも正確に時を刻みます
日が昇り
月が出て
その場その場の影を造り
市場の野菜はそれは美味しそうに光り
夜の蝋燭は子守唄のようにぬくもりをもって灯り
街はそれ自身がだれかの厚い両の手でもってそっと包まれているかのよう
まるで守られているかのように
まるで大事に大事に暖め育てられているかのように

ベットに入ったリルラは
鼻の下まで引き上げたブランケットのぬくもりを感じながら
窓の外の星たちをうとうとと眺めています
星たちがほんとうに
「キラキラ」
「キラキラ」
と自分たちの言葉を使って話し合っているように見え
リルラはちょっぴり楽しくなりました

トントンっお部屋のドアがやさしく叩かれ
ドアがそっと開くと
お父さんとお母さんが
「リルラ、起きてるかい?
 すこしいいかな?」
そう言ってお部屋に入ってきました。
ふたりがベットに腰を下ろすと
リルラはいったいなにが始まるんだろうかと不思議がり
目と鼻だけを出した状態で
「どうしたの?」
と聴きました
「あのね、リルラ、きみは最近変わったことなかったかい?」
とお父さんがやわらかく聞くと
うーん、とすこしばかり悩んだようすで
「このごろずーっとね、ぐっすり眠れなかったり
 なにもしてなくても胸がドキドキしてたり
 お昼間でもぼーっとしちゃってたり
 自分でもなんだかへんだなーって」
それを聴いてお母さんが
「そう、そうね」
とにこっと微笑んで言いました
「そうなの
 自分でもなぜだかわからないの
 ずーっとドキドキしちゃってるの」
リルラがそうひとりごとのようにつぶやくと
お父さんが
「リルラ、きみは今日なにを作ってたんだい?
 それを今日だれかに渡したのかい?」
そう聴くと
リルラは照れくさそうにうん、と一回だけうなづきました
「リルラ、あなたにはそれを渡したかった人がいて
 その人にそれを作ってあげたかったのね?」
お母さんがそう言うとリルラは自分でも納得したかのように
「そうなの」
と困ったしぐさで答えました
「リルラ、わかる?」
「なにを?」
「リルラ、あなたのそのドキドキや
 ぼーっとしちゃったり
 夜眠れなかったりする理由」
「お母さん、わたしずーっとなんで?なんで?って考えてるんだけど、やっぱりなんでかわからない」
それを聴くとお父さんとお母さんはゆっくり互いに見つめあいました
お父さんは静かにお母さんの手をにぎり
お母さんはそっとリルラの額に手をのせ
リルラはただふたりをぽかんと眺めました
そして
その言葉はゆっくりと
まるで命であるかのように
お父さんの声を通して
語りました
「リルラ
 きみはね
 きみの
 それはね
 きっと
 恋
 というものだよ」
リルラの髪をそっとなでるお母さんはきれいに笑い
リルラの目を見つめてそうよ、とうなづきました

リルラはまた窓の外でキラキラと自分たちの言葉でひっそりと話し合う星たちをながめながら
「恋?」
とつぶやきました
まだ胸のドキドキは音をひそめながらも聴こえてきます
クエルが美味しそうにケーキを食べている姿を思い返します
あのクルの実の丘に吹く風も
遠くに見えた街の時計台も
流れる雲も
リルラは目を閉じればはっきりと思い出せるのでした
リルラは目を閉じた世界でいろんな色を感じます
あの不細工にできあがったケーキや
決してかわいいとはいえないラッピングや
あのクエルの透き通った瞳の色も

今日はぐっすり眠れるかしら?
そう思ってリルラは羊を数えはじめます
一頭、二頭そう数えたあたりで
リルラは思い出したようにこう心の中で伝えました

「かみさま
 ありがと」

三頭目の羊がリルラの頭の中に出てきたまではよかったのですが
その後が出てきません
羊たちもどこかの丘で自分たちの言葉でもってきっと楽しいお話をしはじめたのかもしれません
リルラはそっと寝言をつぶやきました

「キラキラ、キラキラ」


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